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東京地方裁判所 平成2年(ワ)6006号 判決

主文

一  乙事件被告エクステンドは、乙事件原告シズオカに対し、金六八三万二五二〇円及びこれに対する平成三年四月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告エクステンドの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件乙事件を通じ全部甲事件原告兼乙事件被告エクステンドの負担とする。

理由

第一  請求

一  甲事件

甲事件被告ジャパンは、甲事件原告エクステンドに対し、二四五〇万円及びこれに対する平成二年五月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

主文第一項と同旨

第二  事案の概要

甲事件は、甲事件被告ジャパンとの間で美容室経営についてのフランチャイズ契約を締結した甲事件原告エクステンドが、本部である甲事件被告ジャパンに対し、同被告には独占禁止法及びこれを受けた公正取引委員会の一般指定に違反する違法な勧誘があり、また契約締結に際し正確な情報を提供することを怠つた過失があるとして、不法行為及び契約締結上の過失を理由に、開店費用、営業損失等合計二四五〇万円の損害賠償とこれに対する甲事件の訴状が同事件被告に送達された日の翌日である平成二年五月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、この請求と選択的に、同被告にはフランチャイズ契約に基づき同原告に対して負担する指導・援助債務の不履行があつたとして、三年分の得べかりし利益、営業損失合計四五八七万一三五四円の内金二四五〇万円の損害賠償とこれに対する甲事件の訴状が同事件被告に送達された日の翌日である平成二年五月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

乙事件は、乙事件原告シズオカが、乙事件被告エクステンドに対し、同原告が右フランチャイズ契約の本部としての地位を甲事件被告ジャパンから譲り受けたとして、本部に支払うべきマンスリー・フィー等、商品代金、立替金等の合計六八三万二五二〇円とこれに対する乙事件の訴状が同事件被告に送達された日の翌日である平成三年四月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

一  争いのない事実等

1  原告エクステンドは、昭和六三年八月二日に設立登記された会社である。

原告エクステンドの代表者田坂俊二(田坂)は、かねてから静岡県下田市内で洋菓子の製造・販売業を営んでいたが、従前美容室を経営したことはなく、美容師等の資格も有していなかつた。

2  甲事件被告ジャパンは、フランチャイズ・システムによる美容室の経営指導等を目的として、昭和六三年三月一一日に設立登記された会社である。

3  乙事件原告シズオカは、美容室の経営等を目的として、昭和六三年七月八日に設立登記された会社である。

4  田坂は、昭和六三年四月ころ甲事件被告ジャパンから、同被告をフランチャイザー(本部)とするフランチャイズ・システムに加盟して美容室「ファンタスティック・サム」を経営することの勧誘を受け、同年六月、設立準備中の原告エクステンドの代表者として、甲事件被告ジャパンとの間で、原告エクステンドを右フランチャイズ・システムのフランチャイジー(加盟店)とする旨のいわゆるフランチャイズ契約(本件フランチャイズ契約)を締結した。

本件フランチャイズ契約には、加盟店は、本部に対し、毎月、マンスリー・フィー一〇万五〇〇〇円、広告基金五万円を支払う旨の定めがある。

5  原告エクステンドは、昭和六三年八月二七日、静岡県下田市内に、美容室「ファンタスティック・サム・下田店」(本件店舗)を開店し、その営業を開始した。しかし、右店舗は赤字の状態が続き、平成二年三月二〇日閉鎖された。

6(一)  ところで、本件フランチャイズ契約には、将来、本件店舗の所属する地区を統轄するリジョナル・フランチャイジー(代理店)ができた場合には、甲事件被告ジャパンは、原告エクステンドに通知することにより、当然に、本件フランチャイズ契約上の本部としての地位を当該代理店に譲渡することができる旨の定めがある。

(二)  甲事件被告ジャパンは、昭和六三年八月一日、乙事件原告シズオカとの間で、乙事件原告シズオカを本件店舗を含む静岡地域を統轄する代理店とする旨の契約を締結した(乙事件原告シズオカ代表者尋問の結果、以下「提坂供述」という。)。

二  甲事件の争点

(甲事件原告エクステンドの主張)

1 独占禁止法違反の不法行為

甲事件被告ジャパンは、次の(一)ないし(三)記載のとおり、田坂に対し、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)二条九項を受けて公正取引委員会が定めた公正取引委員会告示一五号の一般指定(以下、「一般指定」という。)八項の「ぎまん的顧客誘引」に当たる違法な勧誘をした。その結果、甲事件原告エクステンドは、本件店舗の開店に要した費用一六七七万三二五〇円、昭和六三年八月から同年一二月までの営業損失五二六万三三五四円、その他二四六万三三九六円の合計二四五〇万円の損害を受けた。

(一) 実際には、「ファンタスティック・サム店の平均的損益計算書」と題する書面(以下、「平均的損益計算書」という。)は甲事件被告ジャパンの加盟店の過去の実績に基づき記載したものではなく(争いがない。)、加盟店勧誘のため架空の数字を並べたにすぎないものであつたのに、被告ジャパンのため本件フランチャイズ契約の勧誘にあたつた勝又厚志(勝又)及び提坂芳弘(提坂)は、田坂に対し、「平均的損益計算書」を示し(この書面を示したことは争いがない。)、これに記載された数字があたかも加盟店の実績であるかのように見せかけ、加盟店になれば記載どおり総売上月額三八〇万円、純利益月額八〇万三〇〇〇円を確実に上げることができると強調し、虚偽又は誇大な事実を述べて勧誘した。

(二) 実際には、甲事件被告ジャパンは本件フランチャイズ契約を締結した当時、本部として加盟店を指導・援助する機能を十分果たせない状態であつたし、加盟店として美容室を経営するには他業に専念した状態では不可能であつた(他業に専念した状態では不可能であることは争いがない。)のに、勝又及び提坂は、田坂を勧誘する際、同被告が支援するので素人でも間違いなく収益を上げることができるとか、資金だけ出せば確実にもうかるサイド・ビジネスである旨述べ(同被告が支援する旨述べたことは争いがない。)、虚偽又は誇大な事実を述べて勧誘した。

(三) 実際には、甲事件被告ジャパンの提供する商品や器材は一般市場から調達する場合に比較して安価ではなかつたのに、提坂及び勝又は、田坂に対し、加盟店になれば一般市場から受けるより安価に商品等の供給を受けることができる旨(このように述べたことは争いがない。)、虚偽又は誇大な事実を述べて勧誘した。

2 契約締結上の過失

フランチャイズ・システムの本部は、加盟店を募集するに当たり、加盟店になろうとする者がフランチャイズ契約を締結するかどうかを判断するための正確な情報を提供すべき信義則上の義務があるから、甲事件被告ジャパンは、田坂を勧誘する際、本件店舗の立地条件や収益予測を科学的方法により正確に調査しその結果を田坂へ開示すべきであつた。しかし、同被告は、これらを怠り、田坂に対し、単に「勘」や「直感」のみに基づき十分収益が上がると述べ、しかも実績に基づかない「平均的損益計算書」を示した。その結果、甲事件原告エクステンドは、前項記載の開店費用等合計二四五〇万円の損害を受けた。

3 債務不履行

甲事件被告ジャパンは、次の(一)ないし(三)記載のとおり、本件フランチャイズ契約の本部としてなすべき債務の履行を怠つた。その結果、甲事件原告エクステンドは、得べかりし三年分の利益四〇六〇万八〇〇〇円、昭和六三年八月から同年一二月までの営業損失五二六万三三五四円の損害を受けた。

(一) 甲事件被告ジャパンは、甲事件原告エクステンドが本件店舗を開店する際の従業員募集に協力し、開店ができる程度にまで従業員を指導すべき債務を負担していたが、これを怠つた。

(二) 甲事件原告エクステンドは、本件店舗を開店する時点でこれを運営していくに足りる資質を備えた従業員をそろえることができなかつたから、甲事件被告ジャパンは、同原告に対し、本件店舗の開店を延期するよう指導すべき債務を負担していたが、同被告はこれを怠つた(開店を延期するよう指導しなかつたことは争いがない。)。

(三) 甲事件被告ジャパンは、甲事件原告エクステンドの従業員を同被告のトレーニング・センター等で指導・教育すべき債務を負担していた(争いがない。)が、これを怠つた。

(債務不履行に対する甲事件被告ジャパンの主張)

甲事件被告ジャパンは、乙事件原告シズオカの協力のもとに、甲事件原告エクステンドに対し、本件フランチャイズ契約に基づく援助・指導を行つた。

三  乙事件の争点

(乙事件原告シズオカの主張)

1 乙事件原告シズオカは、本件フランチャイズ契約の本部としての地位を甲事件被告ジャパンから承継したので、本件フランチャイズ契約に基づき、加盟店である乙事件被告エクステンドに対し、平成元年二月から平成二年三月二〇日までの月額一〇万五〇〇〇円の割合によるマンスリー・フィー及び月額五万円の割合による広告基金の支払請求権を有する。

2 乙事件原告シズオカは、平成元年一月から平成二年三月までの間、乙事件被告エクステンドに対し、本件店舗で使用する美容材料等を売り渡した。その代金は、合計二一九万八〇三八円である。

3 乙事件原告シズオカは、平成元年一月一七日から平成二年二月九日までに、原告エクステンドの依頼により、本件店舗のための諸雑費合計一六五万円を立替え払した。

4 乙事件原告シズオカは、平成元年二月二八日から同年一一月三〇日までに、原告エクステンドの依頼により、本件店舗の従業員給料の一部合計八二万九三九九円を立替え払した。

(乙事件被告エクステンドの主張)

1 本件フランチャイズ契約には、通知は書面による旨の定めがあるところ、乙事件被告エクステンドは、甲事件被告ジャパンから、本部としての地位を乙事件原告シズオカへ譲渡した旨の書面による通知を受領していない。

2 乙事件原告シズオカは、昭和六三年一二月、乙事件被告エクステンドとの間で、平成元年一月以降の本件店舗の運営は乙事件原告シズオカにおいてなし、赤字に終始した場合にはこの間に必要としたマンスリー・フィー、広告基金、商品代金その他一切の費用について乙事件被告エクステンドの支払義務を免除する旨の合意をした。

第三  判断

一  甲事件について

1  独占禁止法違反の不法行為について

(一) 一般指定八項はぎまん的顧客誘引を禁止しているところ、公正取引委員会が昭和五八年九月二〇日に作成した「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方について」と題する文書には、「本部が、加盟者の募集に当たり、その誘引の手段として、重要な事項について、十分な開示を行わず、又は虚偽若しくは誇大な開示を行つたときは、不公正な取引方法の一般指定八項(ぎまん的顧客誘引)に該当するおそれがあろう。」と記載している。

したがつて、甲事件原告エクステンドが主張する前記第二、二1(一)ないし(三)の事実が存在した場合には、一般指定八項(ぎまん的顧客誘引)に該当する可能性があるといえる。

そこでまず、前記第二、二1(一)の、勝又及び提坂が田坂を勧誘するため「平均的損益計算書」を田坂に示した際、同人らは、この書面が加盟店の過去の実績であるかのように見せかけ、加盟店になればこれに記載された総売上月額三八〇万円、純利益月額八〇万三〇〇〇円を上げることが確実である旨強調したかとの点につき検討するに、甲事件原告エクステンドの代表者田坂はこれに沿う供述(以下、同代表者の供述を「田坂供述」という。)をするが、右供述は、これに反する提坂供述及び乙第五号証(提坂供述によれば、乙第五号証の二〇〇万円の数字の加筆及び右側欄外の加筆は提坂がしたものと認められる。)並びに乙第一二号証の記載に照らし、にわかに採用することはできない。

次に、前記第二、二1(二)のうち、甲事件被告ジャパンが本件フランチャイズ契約を締結した当時、本部として加盟店を指導・援助する機能を十分果たすことのできない状態であつたかとの点につき検討するに、証人岡本はこれに沿う証言をするが、右証言は、これに反する《証拠略》に照らし、にわかに採用することはできない。

また、前記第二、二1(二)のうち、勝又及び提坂が田坂を勧誘する際、資金だけ出せば確実にもうかるサイド・ビジネスである旨述べたかとの点についても、田坂供述はこれに沿うものの、右供述は、これに反する《証拠略》に照らし、にわかに採用することはできない。

また、前記第二、二1(三)の、甲事件被告ジャパンが提供する商品等は一般市場から調達する場合より安価ではないとの点についても、証人岡本はこれに沿う証言をするが、右証言は、これに反する《証拠略》に照らし、にわかに採用することはできない。

(二) 以上に検討したところによれば、甲事件原告エクステンドが独占禁止法に違反するぎまん的顧客誘引であるとして主張する前記第二、二1(一)ないし(三)の事実はいずれもこれを認めることはできないから、同法違反の不法行為を理由とする甲事件原告エクステンドの甲事件被告ジャパンに対する損害賠償請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、理由がない。

2  契約締結上の過失について

(一) フランチャイズ・システムの本部は、加盟店を募集するに当たり、加盟店になろうとする者がフランチャイズ契約を締結するかどうかを判断するための正確な情報を提供することが望ましいことはいうまでもないが、加盟店になろうとする者を勧誘する際、本部において、店舗候補地の立地条件及び収益予測を科学的方法により積極的に調査しその結果を開示すべき信義則上の義務を負担し、これをしなかつたことが契約締結上の過失となるか否かは、勧誘交渉の経緯、営業種目の性質や科学的調査の難易度、その正確性等を総合して判断すべきである。

そこで検討するに、田坂は、本件店舗の建物で従前ケーキの製造販売店を営んでいたが、他業種の経営にも興味を抱いていたところ、勝又及び提坂から、フランチャイズ・システムにより「ファンタスティック・サム」の美容室を経営することを勧誘され、その際、これを経営するには二〇坪程度の建物が必要であると言われたことから、本件建物がその広さから見て丁度よいと考えたこと、その後契約を締結する話は順調に進み、当初の勧誘から二か月も経ない間に本件フランチャイズ契約が結ばれたが、この間、交渉にあたつた田坂と勝又及び提坂の間では、右場所の立地条件や収益予測を科学的方法により調査、予測することやその結果が話題になつたことはなかつたこと、甲事件被告ジャパンは、立地条件についてはさまざまな角度からチェック項目を設けてこれを加盟店側にチェックさせる方式を採つており、収益予測については美容業界の平均的損益等を基礎に平均的規模の加盟店のため予測した数値を美容室経営に精通した者が候補地を見分して受ける勘や直感、候補店舗の規模等によつて修正する方法を採つていたこと、また、美容室の提供するサービスはこれに携わる人の能力等により左右される面のあることを否定できないので、科学的方法により正確な収益予測を立てるには相当困難が伴うこと、が認められる。

以上の事実の認められる本件においては、甲事件被告ジャパンが田坂を勧誘した際、本件店舗の立地条件や収益予測を科学的方法により積極的に調査してその結果を田坂に開示すべき信義則上の義務を負担していたとまでは認めることはできず、同被告においてこれらをしなかつたことが契約締結上の過失に当たるとは認めることができないというべきである。

(二) また、甲事件被告ジャパンが田坂を勧誘する際本件店舗の立地条件及び収益予測を科学的方法により調査、予測していれば、本件店舗が「ファンタスティック・サム」美容室を展開するのに不向きで収益もさして上げることができないことが判明したとの事実を認めるべき証拠もない。

したがつて、仮に甲事件被告ジャパンが前記調査開示義務を負担し、これを怠つた過失があるとしても、この点の過失が、甲事件原告エクステンドの主張する開店費用や営業損失の損害との間に相当因果関係を認めることもできないというべきである。

(三) したがつて、契約締結上の過失を理由とする甲事件原告エクステンドの損害賠償請求も、理由がないことになる。

3  債務不履行について

(一) 前記第二、二3(一)の、本件店舗の開店に際しての従業員募集や従業員指導についての債務不履行の有無について

甲事件被告ジャパンは、本件フランチャイズ契約に基づき、本部として、加盟店である甲事件原告エクステンドに対し、「ファンタスティック・サム」美容室の経営、運営、従業員の教育等あらゆる事項についてノウハウを指導し、各種援助をする債務を負担しているが、それはあくまで指導や援助をなす債務を負担しているにとどまり、有能な従業員を募集したり、従業員を一定の能力まで育成したり、予想収益を達成したりすることの完成までを請け負つたものではなく、またこれらを保証したものでもない。

そして、《証拠略》によれば、甲事件被告ジャパンは、乙事件原告シズオカの協力のもとに、甲事件原告エクステンドが最初に従業員を募集するため必要な書面を交付し、第二回目の募集面接以降は経験者を面接に立ち合わせ、「プレ・オープン」と称する仮開店の前には五日間にわたり美容師三名を本件店舗に派遣し接客や技術等の教育、指導をしたことが認められる。

右の事実によれば、甲事件被告ジャパンは、本件店舗の開店に際してなすべき従業員募集のための援助や従業員の教育、指導の債務を履行したというべきである。

(二) 前記第二、二3(二)の、本件店舗の開店を延期するよう指導すべき債務の不履行の有無について

甲事件原告エクステンドは、「本件店舗の開店の時点において美容室を運営していくに足りる資質を備えた従業員をそろえることができなかつたから、甲事件被告ジャパンは、甲事件原告エクステンドに対し、本件店舗の開店を延期するよう指導すべき債務があつた。」旨主張する。

そこで検討するに、《証拠略》によれば、本件店舗の従業員は開店に向けて合計六名採用されたが、前記の仮開店前の教育、指導の終了した時点で残つた者は五名となり、その内美容師の免許を持つ者は一人だけで、そのままでは経営の見通しが立ちにくい状況にあつたことが認められる。

しかし、《証拠略》によれば、右美容師不足を改善するには、開店後も甲事件被告ジャパンや乙事件原告シズオカから応援の美容師を派遣したり、見習者をして早期に技術を修得させたり、美容師を追加募集したりする方法も考えられなくはなかつたこと、しかも、右仮開店前の教育、指導が終了した時点では、仮開店やその後の「グランド・オープン」(正式開店)に向けて本件店舗の内外装も整い宣伝準備等も終了し、開店に向けてそれなりの宣伝効果が上がつていたことが認められる。

これらの事実を考慮すると、美容師の免許を持つた者が一人であつた等の前記事実から直ちに、甲事件被告ジャパンが本件店舗の開店を延期するよう甲事件原告エクステンドを指導すべき債務があつたとまでは認めることができないというべきである。

したがつて、甲事件被告ジャパンが右の指導をしなかつたことが債務不履行に当たるとは認めることができない。

(三) 前記第二、二3(三)の、従業員をトレーニング・センター等で指導・教育すべき債務の不履行の有無について

従業員の指導・教育はその内容が重要であり、必ずしもトレーニング・センターでなすことを要しないと解されるところ、《証拠略》によれば、甲事件被告ジャパンは、乙事件原告シズオカの協力のもとに、前記の仮開店前の教育、指導、仮開店時、正式開店時、その後と、本件店舗が閉店するまでの約二〇か月の間に美容師だけでも延べにして一二〇人以上を本件店舗に派遣し、これらの者をして、接客の傍ら従業員の指導に当たらせたことが認められる。

右の事実によれば、甲事件被告ジャパンは、甲事件原告エクステンドの従業員を指導、教育すべき債務を履行したというべきである。

(四) 以上の事実によれば、債務不履行を理由とする甲事件原告エクステンドの甲事件被告ジャパンに対する損害賠償請求も、いずれも理由がないというべきである。

二  乙事件について

1  《証拠略》によれば、本件フランチャイズ契約には、本部の地位の代理店への譲渡は加盟店に対する書面による通知でなす旨の定めがあると認められるところ、この書面による通知が乙事件被告エクステンドにされたことを認めるべき証拠はない。

しかし、《証拠略》によれば、田坂は、本件フランチャイズ契約の勧誘を受けた当初から、提坂が本件店舗のある静岡を統轄する代理店になる予定であることを聞き、本件店舗を開店するまでには提坂が代表者をする乙事件原告シズオカが正式にこの代理店となつたことを知り、本件店舗の開店後昭和六三年一二月まで、本件フランチャイズ契約により本部に支払うべき毎月のマンスリー・フィー等を乙事件原告シズオカに支払い、本部から供給を受けるべき商品、器材等も乙事件原告シズオカから購入したこと、また、甲事件被告ジャパンは本件フランチャイズ契約上の本部としての地位が乙事件原告シズオカに移転したことを認めており、乙事件被告エクステンドはマンスリー・フィー等を二重払させられる恐れはないことが認められる。

以上の事実の認められる本件においては、乙事件原告シズオカからマンスリー・フィー等の支払を請求された乙事件被告エクステンドにおいて、書面による譲渡通知のないことを理由に乙事件原告シズオカが本部としての地位を承継したことを否定しその支払を拒むことは、信義則上許されないというべきである。

2  本件フランチャイズ契約には加盟店は本部に対し毎月一〇万五〇〇〇円の割合によるマンスリー・フィー及び五万円の割合による広告基金を支払う定めがあることは当事者間に争いがない。

また、《証拠略》によれば、前記第二、三2ないし4の事実が認められる。

3  乙事件被告エクステンドは、「乙事件原告シズオカは、昭和六三年一二月、乙事件被告エクステンドとの間で、平成元年一月以降も本件店舗が赤字に終始した場合にはこの間に必要としたマンスリー・フィー、商品代金等の支払義務を乙事件被告エクステンドから免除する旨の合意をした。」旨主張し、田坂供述中にはこれに沿うかのような部分もある。

しかし、田坂供述によれば、昭和六三年一二月にされた提坂と田坂らとの話合いは本件店舗の経営が平成元年一月以降早期に黒字に転換することを念頭に置いてされたことが認められるのであり、他に適切な証拠もない本件では、右田坂供述のみでは赤字の場合に乙事件被告エクステンドの支払義務を免除する旨の合意がされたと認めることはできないというべきである。

4  以上の事実によれば、乙事件被告エクステンドは、乙事件原告シズオカに対し、平成元年二月分から平成二年三月二〇日までの毎月一〇万五〇〇〇円の割合によるマンスリー・フィー、毎月五万円の割合による広告基金、二一九万八〇三八円の商品代金、諸雑費合計一六五万円の立替金及び従業員給料の一部合計八二万九三九九円の立替金の、合計六八三万二五二〇円を支払うべき義務がある。

なお、本件記録によれば、乙事件の訴状が同事件被告に送達された日の翌日は平成三年四月一七日であることが明らかである。

第四  結論

以上の次第で、乙事件原告シズオカの乙事件被告エクステンドに対する請求はいずれも理由があるからこれを認容し、甲事件原告エクステンドの甲事件被告ジャパンに対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

なお、仮執行宣言はこれを付さない。

(裁判官 畑中芳子)

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